裸のままついに校舎の玄関から飛び出した優香。人に気づかれないうちにと、全速力で走り出す。走りながら大きな胸がぷるぷる揺れる。秋の冷たい風がむき出しの股間に吹き抜ける。
彼女は校門から遠ざかるように、玄関を出ると、右手へ向かって走って行った。そっちの方が遠回りだが、門から離れているため、いつも人通りはほとんどなく、見つかる心配も少なかった。
優香は校舎の端に向かって一目散に走った。運は彼女に味方した。校舎の壁の端にたどり着くまで、誰とも出会わず、誰からも気づかれずに済みそうだった。あの校舎の角を曲がって裏手へ行きさえすれば、人に見つかる可能性はぐんと低くなる。
そして優香は角を曲がった。また少し走ってもう一度角を曲がると、校舎の裏側の、生け垣に囲まれた狭い通路に入り込む。
もうここまで来ればまず一安心だった。この狭い通路は、普段からめったに人が通ることがなく、さらに今は体育祭の真っ最中なので、生徒が通る可能性は極めて低かった。ひと昔まえなら不良の溜まり場にでもなっていそうな場所だったが、今はもうそんな時代でもない。
ここで優香はやっと走るのをやめた。そしていったん乱れた呼吸を整え直すと、高鳴る心臓を手で押さえながら、捜索を開始する。
(必ずここのどこかに落ちているはずだわ……落ちてなきゃ、困る……!)
優香は首をあちこち振って探し歩いた。生け垣の上、木の枝の間、細い溝の中までも……
しかし体操服はなかなか見つからなかった。通路の3分の2を過ぎても、彼女のTシャツ、ブルマーは、どこにも落ちていなかった。
徐々に優香の顔が引き攣っていく。やがて何の発見もないまま突き当たりまで行き着いてしまうと、彼女の頭は半ばパニックに陥ってしまう。
(おかしい……! なんで? ここにないはずないのに……絶対どこかに落ちてるはずなのに……きっと見落としてしまったんだわ……もう一度よく探してみなきゃ)
そして振り返って同じ道を戻っていこうとする。
と、そのとき、後ろを向いた彼女の目に、一人の人間の姿が映し出された。
「きゃっ……!」
優香は急いで逃げようとしたが、よく見るとその目の前にいた人物というのは、小学3、4年生くらいの、一人の小さな少年だった。少年は手に紙袋を持ち、優香の体を不思議そうに見つめながら、そこにじっと立っている。
「あのね、この紙袋を、お姉ちゃんのところへ届けるようにって言われてきたの」
と少年は話し出した。
「紙袋を……? あたしのところへ……?」
「うん。このあたりで裸のお姉ちゃんを見つけたら、これを持って追いかけていって、ええっと、その裸のお姉ちゃんに、これを、渡すように頼まれたの」
動揺のため胸を隠すことを忘れていた優香は、少年のその『裸のお姉ちゃん』という言葉に、自分の胸がまる見えになっていることを気づかされ、慌てて胸と、それから股間も、手で隠した。
優香は恥らいながらも、少年ににっこり笑いかけてみせ、それから優しく訊ね始めた。
「ねえ、ちょっとお姉ちゃんに教えてくれない? その、ボクに頼んだ人というのは誰? 誰がその紙袋をあたしに届けるように言ったの?」
少年は迷うことなく答えた。
「田崎っていう人」
それを聞いた優香の体は途端にぶるぶる震え出した。
「田崎……? ねえ、それって、田崎先生のこと?」
「先生かどうかはボク知らない。でも、田崎からだと伝えろって、その人ボクに言ったの」
田崎……優香の知っている人間の中で、田崎という名を持つ者は一人しかいなかった。
(そうか、わかったわ……なにもかもあの人の仕業だったのね)
しかし実際は、田崎本人はこのことについて何も知らなかった。少年に声を掛けてもいないし、そもそも優香がいまどこで何をしているのかを知ってすらいなかった。
では、少年に田崎と名乗った人物というのは一体誰なのか?
そう、答えは千夏だった。千夏が、この、たまたま見つけた少年に声を掛けて(たっぷり小遣いを与えたうえで)優香に紙袋を届けるように依頼し、また自分は田崎という名前であること、それ以外のことは何も教えてはならないと、固く約束させたのだった。
しかしそんなこととは知らない優香は、これはもう完全に田崎の陰謀なのだと信じきってしまった。
「で、ねえ、その田崎っていう人は、他に何か言ってなかった?」
「ううん、他にはなんにも」
「そう……」そして優香は少年の持っている紙袋の方を見る。「ねえ、その袋……中には何が入ってるの?」
「さあ、知らない。自分で調べてみればいいじゃん。はい、これ」
と言ってその黒い紙袋を優香に手渡す。
優香は紙袋を受け取ると、しかしすぐに中身を調べようとはしなかった。代わりに再び少年に話しかけた。
「じゃあ、ボクはもう用が済んだのね? 用が済んだのならもう行ってもいいのよ。わざわざ届けてくれてありがとね。それから、ここにお姉ちゃんがいたことはみんなには内緒にしておいてくれない? いい子だから、二人だけの秘密ってことに、できるよね?」
そう言うと優香は手で少年の頭を優しく撫でた。再びまる見えになった優香のおっぱいが、少年の目の前で、やわらかく揺れる。
「うん、誰にも言わないよ」と少年は誓った。
「ありがとう……そうしてくれたら、お姉ちゃんホントに助かる」
「でも、どうしてお姉ちゃん裸なの? お風呂でもないのに、寒くないの?」
「え……? いや、これは、その……」
「それにどうして首輪なんかつけてるの? 首輪って犬につけるものでしょ? それともお姉ちゃん、何か悪いことでもしたの?」
「え? いや、これは違うの……!」
言われてようやく首輪をつけたままだったことを思い出し、優香は慌ててそれを首から外した。
「ううん。これは何でもないの。それにお姉ちゃんは何にも悪いことしてないよ……さあ、いい子だから早くお母さんのところへ戻りなさい。きっと今ごろ心配してるよ」
それでも少年はまだしばらくのあいだ、優香の色気たっぷりの大人の体を珍しそうに眺めていたが、やがて「うん、わかった」と言って振り返ると「じゃあね」と言い残して走り去っていった。
「じゃあね、バイバイ……」
と手を振って少年を見送る優香だったが、もう一方の手に持った紙袋の存在が、彼女の心を不安でいっぱいに満たしているのだった。
- 2011/03/06(日) 13:20:43|
- 優香
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